江原啓之の人気ぶりに象徴されるように、いまや空前のスピリチュアル・ブームである。弓山達也はこうした関心の高まりが医療やサブカルチャー、アカデミックな領域でも開花しつつあることに注目し、その背景に八〇年代から高まりつつあった「癒し」や「心理」ブームがあると指摘する。
 ここで危惧されるのはオウム事件で一時衰退した癒しブームが、事件の風化とともに復権しつつある傾向だ。堀江宗正は江原の思想が幸福の科学などと著しく類似しているとみなす。オウム事件以降の変化としては、メディアの状況が「カルトはバッシング、オカルトはブーム」に変わり、これが若い世代を中心に増加しつつある「霊は信じるが無宗教」という層にアピールしたと指摘する。個人主義的かつ保守的な傾向をはらむと堀江が批判するように、スピリチュアリズムの本質は自己愛的である。
 それぞれ般若心経に関わる著書のある柳澤桂子と玄侑宗久の往復書簡もまた「神なき信仰」に関するものであるが、そこで繰り返し強調されるのは「自我」の否定と、「空」を介して「全体性」に至ろうとする志向性である。わかりやすさを求める若い世代に、こうした「わからなさ」の価値はどこまで伝わるだろうか。
 

<私のお勧め>
@ オウム事件の風化で再び花開く癒しの市場 弓山達也 「中央公論」12月号
A メディアのなかの「スピリチュアル」 堀江宗正 「世界」12月号
B 往復書簡 般若心経 いのちの対話 柳澤桂子、玄侑宗久 「文藝春秋」12月号

毎日新聞 2006年11月29日夕刊:4面文化/批評と表現

●斎藤 環[サイトウタマキ]
1961年生まれ、岩手県出身。筑波大学医学研究科博士課程修了。医学博士。現職は爽風会佐々木病院・診療部長。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学、ラカンの精神分析、「ひきこもり」問題の治療・支援ならびに啓蒙活動。漫画・映画等のサブカルチャー愛好家としても知られる。近著に『生き延びるためのラカン』(バジリコ)、『戦闘美少女の精神分析』(ちくま文庫)、『「性愛」格差論』(中公新書ラクレ)、『家族の痕跡』(筑摩書房)、『「負けた」教の信者たち』(中公新書ラクレ)。他  HP http://homepage3.nifty.com/tamakis/