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各界の読書家に聞く とにかく面白かった この一冊

大人が読んでも面白い児童文学と最新の脳科学や仏教をめぐる対談

 10年ほど前に「子どもの本にレクイエム(鎮魂歌)を」と題した原稿を書いたことがあります。子どもの本離れが進んで、児童文学イコール子どもの本という考え方はやがて崩れ去るだろう。ただし優れた児童文学は、若者にも大人にも読み継がれていくという趣旨でした。実際、トルーキンの『指輪物語』もエンデの『モモ』も、刊行当時は大学生が夢中になって読んでいました。『モモ』がいちばん売れたのは東京大学の生協なんですね。こうした児童文学の古典をぜひ読み直してほしい。そのひとつとしてお薦めしたいのが『ナイルニア国物語』です。
 ナイルニアという架空の国が生まれてから滅亡するまでを描いた壮大なファンタジーで、そこに4人の兄妹(きょうだい)が行っていろんな冒険をして帰っていきます。全7巻で刊行は順不同ですが、7冊が見事にまとまった物語になっている。おそらく最初に全体の構想があり、知的な構築物を作るように執筆したのでしょう。作者のルイスは自分の考えを表現するのに最もふさわしい芸術形式が児童文学だったと言っています。あきらかに大人を対象としているのです。
 まずは想像の世界が文句なく面白く、登場するキャラクターが魅力的です。瀬田貞二さんの翻訳が絶品で、決断力がなくてうろうろしているロバの「トマドイ」など、命名の妙にも感心しました。また、この物語には新約聖書の世界も重ねられているので、いろいろな読み方が楽しめると思います。

脳科学と仏教が開く新境地

 『脳と魂』は養老孟司さんと玄侑宗久さんの対談集です。解剖学者で独創的な脳科学論を展開しながらも、仏教の考え方にも通じている養老さん。そして禅僧で芥川賞作家でもあり、自然科学にも詳しい玄侑さん。このふたりの丁々発止の掛け合いがなんといっても面白く、対談なので読みやすいと思います。ときに立場がい入れ替わって、養老さんが仏教について一生懸命語り、玄侑さんが死後の世界を量子論で説明したりする。現実の生活や教育の問題などにも言及していて、読んでいて納得させられる本です。
 たとえばカオスをめぐる東洋と西洋の思想の違い。カオスは混沌と訳されますが、西洋の19世紀的科学思考にはあってはならない問題で、すべて論理で解明・分析しようとしてきた。ところがコンピューターの登場によってカオス理論が発見され、認めざるをえなくなりました。一方、東洋的思考には最初に無というカオスがあり、そこに漂っているのが生命だとします。すべてを論理で究めようとすればするほど、人間は窮屈で苦しくなっていくという指摘には、含蓄深いものがあります。
 最後に、人間は希望なしには生きられないが、希望の実現を考え始めるとまた悩み尽きなくなる。だから「希望を持ったまま保留する」という生き方を薦めています。この息苦しい現代を元気よく生きていくためのヒントが数多く秘められている本です。

取材・文/住友和子


本田和子[ホンダマスコ]
児童文学者、昭和6年生まれ。お茶ノ水女子大卒業後、同大学教授を経て初の女性学長に就任。『異文化としての子ども』『少女浮遊』『子ども100年のエポック』等著書多数。