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エッセイ |
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あの夏の記憶が少し飛んだような抜けた雰囲気も好きだが、少し涼しくなってくると、ようやく頭も澄んできたようで、秋もまたいいもんだと思う。この季節は、刺激的でない本がよく似合う。『片手の音』と題された本書は、日本エッセイスト・クラブという会が、2004年に発表されたエッセイの中から209篇を候補に選び、さらに60篇に絞り込んだベスト・エッセイ集。静かな夜、万年筆が原稿用紙の上をすべる音。書き手の静かな充実感が伝わってくる。96年から毎年まとめられ、本書で10冊になる。
人生の一大事のような大著を記すカタルシスではないが、他人にとって他愛のないこと、だが、自分にとっては印象深く書き残しておきたい事柄や経験が、うまく文章としてまとまったときの充実感は、とても深いものだと思う。文章上の流れとしては、さして大差のない言い回しであっても、書き手は限られた紙数の中で一字一句の微妙なニュアンスにささやかな工夫をこらす。自分の感じたことや考えたことを、うまく自分の言葉で文章に出来たとき、そこにはこっそりとした喜びがあるだろう。
読んで名文だと嬉しくなるのは、この微妙なニュアンスを書き手と読み手が密かに共有出来たときである。振り返ってみるに、僕の考え方や感じ方に影響を与えた文章とは、何も期待せずになんとなく手にとった雑誌の片隅の小文が意外に多いように思う。そこにあった一字一句が書き手に選択された言葉であることの快楽的な響き。そうした見えづらい部分に共感した。
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●大寺 明[オオデラアキラ]ライター
「仕事の合間をぬい東北バイクの旅へ。八幡平で岩手山を横目に走っているとき、頭がスーパー・フラットになった。山を下って盛岡でどぶろく。古いバイクなので走れば走るほど壊れ、急ぎ帰途に着く最終日、高速でエンジントラブル。貧乏旅行が高くついた」
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「ダ・ヴィンチ」2005年12月号(メディアファクトリー) |
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