うゐの奥山 その四拾九

妙法

 
 東日本大震災から五年が経過し、なぜか良寛和尚の言葉を憶いだした。ご存じの方も多いと思うが、いわゆる三条大地震のときに、越後の与板で被災した友人、山田杜皐宛に出した見舞い文の末尾である。
 「災難に逢う時節には死ぬがよく候。これはこれ災難を逃るる妙法にて候」
  杜皐自身は無事だったものの、この地震で我が子を失っている。造り酒屋を営み、良寛とは俳句仲間だったらしいが、被災直後にここまで言えるというのは相当に深いつきあいだったのだろう。
 手紙の前半では、「地震は信に大変に候。野僧草庵は何事もなく、親類中死人もなくめでたく存じ候」と書き、さらに歌を一首添えている。
「うちつけに死なば死なずて永らへてかかる憂き目を見るがわびしさ」。これは自分の心境でもあるはずだが、子供を失った杜皐の心にも充分に沁み入ったはずである。
 良寛の主張は、そうした人情を踏まえたうえで自然への随順、『荘子』の説く「大順」であろう。抗いようのない自然への、静かな信仰ともいえる境地である。
 私はしかしその一方で、もうひとつのヴィクトール・E・フランクルの言葉も憶いだしてしまう。「祝福しなさい、その運命を。信じなさい、その『意味』を」。ナチスによる人災に翻弄され、強制収容所から生還したフランクルは、当然のことだが「自然」などでは納得せず、執拗に人生の「意味」を求めようとする。彼が世界に多大な影響を残した「ロゴセラピー」という心理療法は、「人は自身の生の意味(ロゴ)を発見することで心の悩みを解決する」という信念に基づいている。強制収容所で両親と兄弟と妻まで失った彼が、「それでも人生にイエスと言う」生き方から産みだした大切な置き土産であろう。
 おそらくこの五年、震災で家族を失った人々は、「これも自然」と納得しかけながらも、生き残った自分の生にイエスと言えるかどうか、何度も揺れ動いてきたのではないだろうか。二人の観点の違いは、日本と西洋の違いであるだけでなく、おそらく天災と人災への向き合い方の違いでもある。
 震災関連死という人災がらみの死者が多い福島県では、特にその後の「生の意味」が強く求められている。歴史上、完全に否定されたナチスとは異なり、原発は未だ「過ち」とはされず、猶も再稼働されつつある。震災関連死者やその周辺の人々の「死の意味」「生の意味」は、それによって隘路に隠れ、見えなくなった。
 被災者の心のケアに力を入れると国は言うが、それならまず福島第二原発の廃炉を事業者任せにせず、自ら決めるべきだろう。これはこれ厄介な人災を逃るる妙法であるし、多くの人々の死や生の意味も見いだしやすくなるはずである。


 「東京新聞」2016年4月2日