日曜論壇

岳温泉のひな祭り

 毎年三月のひな祭りの季節には、二本松市の岳温泉に出かけることになっている。「あだたら漫遊博 おかみと過ごすひな祭り」というイヴェントがあり、私も講演を依頼されているのである。
 岳温泉観光協会女性部と「おかみ会」の主催で、福島民報社が特別協賛、今年でもう十四回目である。私は第三回からレギュラーのように関わり、最近は年度ごとの全体のテーマも提案している。
 よく檀家さんなどから「いいですねぇ、女将さんと一緒で」などと皮肉っぽく言われるのだが、べつに私自身が「おかみと過ごす」わけではないので、誤解しないでいただきたい。温泉だけは入らせていただくが、毎回とんぼ返りである。
 それにしても、東日本大震災以後の温泉旅館は各館とも激動の日々だったと思う。岳温泉でも老舗の佐藤旅館が閉じたし、各館とも被災者を受け容れたため、一泊約五千円という特殊で暫定的な宿泊状況を強いられた。長期間支援に来ていた他県の警察官たちの宿も各地の温泉旅館だった。
 むろん風評被害で一般客は激減し、ここ何年かは辛抱の経営だったはずである。
 毎年講演に出かけると、「回復状況はどうですか」と訊くのだが、去年は「七、八割」と答えた女将が、今年は「九割ちかく」と答えてくれたのが嬉しかった。
 講演を聴きに来てくださる顔ぶれにもお馴染みが多くなり、終了後に話してみると仮説住宅に住む人々がけっこう多い。震災から五年も経ってまだ仮説住まいというのは驚くべき事態だが、避難生活を温泉旅館で過ごした人々にとっては、そこが懐かしい第二の故郷のようなものだろう。そうでない人にとっても温泉はやはり嬉しい。
 火山列島であるがゆえに地震が多く、噴火もあれば津波も来る。しかしそれゆえにこそこうした温泉の気持ちよさも味わえる。安全だから温泉のない国へ移住せよと言われても私はきっと断るだろう。
 岳温泉のお湯は、珍しく精神科疾患にも効くという。昔「ノイローゼ」と呼ばれていたような症状に、特に効くらしい。私は講演を終え、少々昂奮ぎみの体を白濁したお湯にゆっくり沈める。ああ、なんとなく頭が鎮まっていく、ような気がする。
 温泉から上がるとさっきまでの聴衆の方々が「利き酒会」に行ったらしく上機嫌に声を掛けてきた。三日間のうちに柳美里さんや和合亮一さんの講演もあり、充実したお祭りが今年も終わった。今年はワンちゃんネコちゃんのネームタグ手作り講座などという変わった講座もあったようだ。「いいですねぇ」などと羨ましがっていないで悔しかったら来年はご自身で行ってみることですね。どうぞ宜しく。


 「福島民報」2016年3月5日