「ひよわな国」と移民の問題

 

イギリスがEUという単一市場からの完全撤退を決定した。移民の問題が一番の要因だったようである。相互の人の流入を制限しないシエンゲン協定の方針にも同意せず、イギリスは物の出入り(貿易)だけは維持したかったわけだが、「それはいいとこどり」だと認められなかった。イギリスとすれば、国家のアイデンティティを守るための孤高の決断ではなかっただろうか。
 ヨーロッパへ流入したイスラム圏からの移民は膨大である。欧州全体に占めるイスラム教徒は現在人口の約5%を占め、将来は10%になるのではないかと推測されている。最も移民の多いフランスは千二百万人を抱え、人口の約25%にもある。ドイツでは積極的な移民受け容れ政策のせいで昨年は百万人以上が中東から移住した。
 各国で移民流入に反対する政党が力を得ているのも自然なことだろう。アメリカでトランプ氏が大統領選に勝利した背景にも、間違いないイスラム教徒移民への拒絶意思があった。根拠のある数字かどうかは知らないが、彼は少なくとも犯罪歴のある「二百万~三百万人」のイスラム系移民などを、国外追放にすると息巻いている。
 こうした欧米の状況に比べると、日本はあまりにも暢気ではないか。二〇二〇年までに観光客を四千万人に増やすと言い、二〇一六年には二千四百万人以上を迎えた。「観光立国」という言葉も使われるが、要は国内市場の寂しさを観光客によって補う経済の発想しか感じない。
 観光客が増えれば自ずと移住する人々も増えてくる。また国は、看護・介護方面での外国人労働者にも期待を高めている。フィリピンやインドネシアなどからの労働者が増えると想像されるが、インドネシアが世界最大のイスラム教国であることはご存じなのだろうか。
 フランスでは、移民が増えすぎた地区の学校給食かた豚肉が省かれ、肉屋を営むイスラム教徒ばかりになり、豚肉が食べられなくなったと嘆く人々がいる。つまり、大量の移民流入によって、今や文化や宗教の問題が増大している。「信仰の自由」を尊重すればありえないことだが、フランスは公共の場でのブルカ着用を禁止した。しかしその代わりのように、プールで泳げる時間が男女別々になるこてゃ避けられなかった。イギリスの場合と同様、それはすでに国のアイデンティティが脅かされる危機的事態なのである。
 楽観的な日本は、もしやどんな人々も「おもてなし」できると思っているのだろうか。爆買いや廉い労働力など、嬉しい面しか今は見えないのかもしれないが、移民の招く文化的宗教的軋轢は、アメリカやフランスほど自己主張の強い国でも避けられなかった。押しの強くない日本人にとっては、もっと深刻な問題を引き起こすのではないか。
 ポーランド生まれのアメリカ人ズビグネフ・ブレジンスキーは、日本での居住体験をもとに『ひよわな花 日本』を書いた。政治学者として彼の指摘した外交場面でのひよわさに限らず、日本人はとにかく自己主張ができない。「その場合、日本ではこうすることが正しい」と、特に観光客などには主張しないのである。
 多くの観光客で賑わう京都の料理屋でも、テーブルの下に食べ散らかすのが当たり前と考える中国人客に何も言わず、帰ってから黙って片付けるという。それが「忍耐」の「強さ」と思うまえに、やはり文化的主張の「ひよわさ」と自覚すべきではないだろうか。
 移住者や観光客が夥しく増えるまえに、我々はこの国の文化的内実を守り、日本語とそれによる独自の文化を広く浸透させる仕組みを作らなくてはなるまい。「ひよわ」とはFragile、とにかく壊れやすいのである。


 「やくしん」 2017年4月号