うゐの奥山 その七拾

 国土について



 国土について考えてみた。外国人が土地を買うケースが増えているという。外国に住む人でも所有できる土地がはたして国土と呼べるのか……、そんな疑問からである。
 昔の日本人はその土地ごとに神さまがいて、そこに住むことは特定の氏神さまに守られることだと考えていた。だから氏子として氏神さまを祀るのは当然の義務だったのである。
 しかし「信教の自由」とやらが喧伝されるようになると、そう考えるかどうかは個人の自由、ということになってしまった。日本人でさえそう思わない人が多いご時世、まして外国人ならそんなことを思うはずもなく、しかも彼らが買ってその土地の所有権を主張するなら、氏神さまだって居場所がなくなるに違いない。
 こうした問題をなんとか回避できないものかと思い、私は『日本国憲法』を読んでみた。きっと憲法ならば、きちっと国土について規定してあるに違いないと思ったのである。
 しかし、……ない。『日本国憲法』には、一行たりとも国土についての言及がないのである。
 調べてみると、現在の憲法が成立する以前に提案された憲法私案のなかには、「土地ハ国固有とスル」と規定する人もいた。しかしこの案では共和国が目指され、要するにスターリン憲法をモデルに土地や生産手段の固有化が考えられていた。
 ポツダム宣言の受諾により、この国では領土の変更が余儀なくされた。しかしもとよりこの国の憲法(大日本帝国憲法)には国土(領土)についての規定がなかったから、わざわざ憲法を改訂して領土を規定する必要はない、という立場の人さえいた。もしかすると当時は、また国土が増える可能性を想定し、改訂の際にも規定しなかったのではないか……。
 一方で今の日本では、根本的な規定がないままに、土地についてさまざまな規則が作られている。たとえば「大深度地下利用法」という法律をご存じだろうか。
 以前、東京都で地下五十五メートルの深さに道路が完成したニュースに驚いた方もいるかもしれない。しかも地上に住む人々に充分なコンセンサスも得ないままに、である。そのことを合法化するかのように、この法律では地下四十メートルより下、あるいは建物の支持地盤上面から十メートルより下は、公共の利用に関するかぎり認めるという。しかもこの法律の適用地域は全国ではなく、首都。近畿・中部も三大都市圏に限られる。その他の地域では、それが問題になるほど地下利用もないでしょうと、見くびったような話である。
 たとえば井戸を掘る時も、大部分の本州地域や九州・四国などではどんな深さまで掘ってもかまわないが、今申し上げた地域では四十メートルまでしか掘れないということになる。水脈のことを考えると、やはり地下利用についても一貫した考え方があるべきではないか。
 一方で、東京駅の復元工事の際など、「空中権」を売って五百億円を作ったと言われる。その土地にはこの高さまで建てることが許されるというルールの下で、うちは二階までしか建てないという場合、上空の使用権を売り買いできるというのだ。買ったほうは、これ以上建ててはいけないという高さでも上積みして建てられる。まったくハチャメチャである。金次第のご都合主義と言うしかない。
 私はだから、憲法に是非とも「国土」についての記述が欲しいと思うのだが、そう言ったら改憲派と呼ばれ、護憲派の人々から指弾されるのだろうか。両者とも、もっと冷静に、もっと具体的に話しましょうよ。


                                  東京新聞  2018年3月25日