杉苔の庭づくり


 ここ数年、大正五年に植えられた境内の染井吉野の下枝が枯れかけてきた。下枝に繋がる根は地表ちかくに張っているらしい。長年続けた草引きのせいで、地面が水も吸えないほど堅くなってしまったのである。
 震災後に始まった本堂や庫裏の工事に合わせ、思いきって草を生やすことにした。神社仏閣の庭に草とは驚かれるだろうが、土を軟らかくするにはそれが一番のい早道だ。土の通気通水を促すため、地中には炭や竹を入れ、その上に木の葉や土を載せた。あちこちに掘ったそんな水脈を通り、水は速やかに吸い込まれて流れ去るようになった。
 そうなると、土がみるみる軟らかくなって好気性の植物が生えやすくなる。最も理想的な好気性の植物が杉苔である(因みに、嫌気性植物の代表がゼニゴケ)。私は竹藪の土手などから杉苔を移植し、炎暑の日には水やりをするようになった。また花屋さんで草の種を譲ってもらって一晩水に浸し、移植ごてで浅く掘り返した地面に何度も植えた。数日して新芽が出るのが毎回楽しみだった。
 高さ十五センチ足らずの草でも、苔にとっては適度な日影をつくるのだろう。日影を好む杉苔は次第に面積を増してきた。
 やがてお墓の桜や地面も気になりだし、看板を立てて檀家さんにも「草を生やしましょう」と呼びかけるようになった。最初はかなり戸惑ったはずだが、少しづつ同調してくださるお宅も増えてきた。大雨が降っても、地面に吸い込める水の量が増えてきたような気がする。
 境内や墓地が草原に、さらには杉苔の庭に、というのが今の私の夢であり、それを目指すのが重要な「作業」である。命の成長を眺めるのは只でさえ楽しいものだが、何よりこの「作業」の素晴らしさは、そう簡単には終わりそうにもないことである。
 

                              「作業療法ジャーナル」2018年3月号