「山の日」に思う

 八月十一日が「山の日」になったのは二〇一四年、法律の施行は二年後の一六年である。この日は、「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」ための国民の祝日だが、では何故八月十一日なのだろう。
 まず山に先立って海の日が決められた(七月の第三月曜)。すると富士山を擁する山梨県をはじめ、岐阜、香川、愛媛、高知などの各県が独自に「山の日」を決めたのだが、これが主に「八月八日」や「1111日」。「八」は山の遠景、「11」は林立する木のイメージという。
 現実的にお盆休みに寄与する観点から、当初は「八月12日」案も検討されたようだが、御巣鷹山の日航機事故の日であったため見直し、各地既定の山の日も勘案して「八月11日」に落ち着いたらしい。
 では感謝すべき「山の恩恵」とは何だろう。まず思いつくのは水源の涵養、生態系の保全、土砂流出や風を防ぐ保安林の機能、そして景観や信仰、などだろうか。いずれも豊かな樹木あってこその恩恵であることは言うまでもない。
 しかし木を木材あるいは薪炭として活用することは、相当古くから行なわれてきた。西暦六九四年の藤原京以来、平城京、長岡京、平安京と畿内で四度も遷都し、その間に伐採された木は奈良盆地ばかりか京都や滋賀にも及ぶ。彼の地では禿げ山が増えて大雨による土砂流出が相次ぎ、河川氾濫が繰り返されたという。
 「武庫山の樹木伐採勝手たるべし」との布告を出した豊臣秀吉の時代にも、築城のための御影石切り出しで六甲山が禿げ山になり、その後も神戸市民を土砂災害で苦しめることになった。とにかく「開発」があれば木が伐採され、災害が増えたため、江戸時代中期には幕府が「土砂留奉行」「土砂留方」を設け、各藩も砂除林、水野目林(水源涵養のために保全する森林)を定め、山を切り開いて畑を作る「切畑」や炭焼きを禁止したという(太田猛彦『森林飽和』NHKブックス)。
 この状況は化石燃料に頼る産業革命まで続くが、幸いにも山の尾根までは荒らされなかったため、その後の森林回復が可能だったそうだ(鈴木猛康『国土・環境破壊の危機』)。しかし今、その尾根が危機に瀕している。メガソーラー発電所や陸上風力発電所である。
 しかもこの国では山林を購入する際の法整備が進んでおらず、購入者の多くを占める合同会社は転売されれば責任の所在さえ分からなくなる。転売先は中国資本であることが多く、有事には「国防動員法」により中国共産党に徴収される。戦闘拠点にされる可能性も指摘されているのである。
 今や山の危機どころか国家の危機であることを認識し、国会では是非とも外国人による国土買収を防ぐ法整備を急いでもらいたい。
 水源のある山が投資目的で売買される今、おそらく日本の山は有史以来最大の危機を迎えているのではないだろうか。

福島民報 2025年8月24日