ダ・ヴィンチのBook Watcherの絶対読んでトクする20冊
日本と日本人の変容を 僧侶と解剖学者が語り尽くした



一志治夫

 賢者たちは、もう何年も前から口をそろえて、明治以降の日本の迷走に警鐘を鳴らし続けている。どうやら、近代化が始まって百数十年がたち、結論は出たようだ。私たちの歩いてきた道は、間違っていた、と。しかし、問題は、その近代化のツケにいまだ気がつかない人たちが存外に多いことである。賢者たちは、だから、苛立ち、発言し、絶望する。本書もまた、僧侶と解剖学の碩学である賢者が日本の歩みと日本人の行く末を案じ、何が間違っているのか、どこにターニングポイントがあったをのか、を互いに触発し合いながら論じていく対談集である。
 スポーツ、西洋と東洋、宗教、都市、自然、教育といった一見ばらばらなテーマが複合的に語られていくのだが、それらの解決の一つのキーワードとして「江戸時代」があることは間違いない。実際、たびたび江戸時代の素晴らしさに言葉は及ぶ。「だから僕は最近、今の日本の言葉を全部江戸時代の言葉にしたらどうかと思うんだよ。大学の評議会と評議員、あれは『年寄』って言えばいいんだ(笑)。社長って言わないで『親分』とかですね。代々続いている企業だったら『宗家』とかね。そういうふうに全部言い換える」(養老)。「それで教育の自転車操業が始まっちゃった。それ遡ったら、やっぱり明治に行っちゃうんだ。遠因は明治にありますよね、徳川三〇〇年やったことをみんななくしちゃったんだから」(養老)。2人の博識と見識に驚きつつ、読み終わる頃には背筋がぴんと伸びていることに気づく。

「ダ・ヴィンチ」(メディアファクトリー) 2005年4月号
評者紹介

一志治夫(いっし・はるお)●ノンフィクションライター。昨年は『魂の森を行け』(集英社インターナショナル)、『小澤征爾サイトウ・キネン・オーケストラ 欧州を行く』(小学館)、『豆腐道 嵯峨豆腐「森嘉」五代目森井源一』(新潮社)の三冊を刊行。「今年も数冊出す予定です。」