「正義」 「効率」 「遊ばない」



 私は今年、『やおよろず的』という本を出したが、世界はそんなことにお構いなく、正義を振りかざす人々に満ちている。正義を認めないから「やおよろず」になるのだが、アメリカの正義とイスラム圏の正義は、今後も頂点をめざして果てしなくぶつかり続けるだろう。
 一方、政府が振りかざす正義の内容は、完全に経済効率。それにより、市町村合併や郵政民営化が進められている。小は大に吸収され、八百万は一気にその数を減らしつつある。どうもそれを、彼らは構造改革と呼ぶらしい。
 福祉や幼児教育ばかりでなく、最近では文化施設にまで同じ理屈が浸透しようとしている。弱者は強者に吸収される。それは本来、幼児教育にも福祉にも文化にもそぐわない考え方であったはずだ。福祉も教育も文化も、およそ効率を考えたらやってられない作業だろう。
 効率よく、コメは一気に火傷させながら電気乾燥させる。同じように、ヒトも効率よく作ろうとするからだろう、コメが美味しくなくなった以上に、子供たちにこれまでになかった病態が目立ちはじめた。アスペルガー症候群やさまざまな人格障害……。親に時間をかけて毒を盛る子供の行為は、効率のいい教育から抜け落ちた何を象徴しているのか……。
 不都合な自然を認めたくない効率重視の人々は、昔とは違った意味でヒト作りをしている。ES細胞や体性幹細胞の利用研究が、イギリスに芽生えてアメリカに育ち、ドイツで狂い咲きした優生学に繋がらないと、どうして云えるのか。
 帰りなん、いざ。そう謳ったのは陶淵明だが、我々も効率や浅はかな正義を離れ、もうそろそろ田園に帰ってはどうか。田園に帰るとは、体を使って遊ぶことだ、今や、お寺の境内で遊ぶ子供もいない。遊ばない人々は、怖い。それともイラクへの手出しは、正義ゲームという新手の遊びなのか。そうだとしたら、もっと怖い。


新年特別企画

各界リーダー32人が時代を読み解くキーワード 三つの言葉

丹羽宇一郎 ▲ 「改革・民営」「二極分化」「阿諛追従」
国谷裕子 ▲ 「格差」「サステイナブル」「ひとりの時間」
堺屋太一 ▲ 「まやかし」「あほらし」「あらまほし」
玄侑宗久 ▲ 「正義」「効率」「遊ばない」
大前研一 ▲ 「マルチプル」「ヒルズ族」「球団」
中西輝政 ▲ 「やさしさ」「安心」「構造改革」
半藤一利 ▲ 「地獄の上の花見」「そこのけそこのけ」「ちんぷんかん」
堀江貴文 ▲ 「世界平和」「肉体と精神の分離」「宇宙」
山田昌弘 ▲ 「リスク」「格差」「希望」
渡遇恒雄 ▲ 「抵抗勢力」「ハゲタカ」「刺客」
前原誠司 ▲ 「ボランティア気質」「改革競争」「戦争責任の風化」
中曽根康弘 ▲ 「改革万能膏」「同情大臣劇場」「ナショナリズム感冒」
阿川佐和子 ▲ 「脱力」「弱年化」「ボーダーレス」
玄田有史 ▲ 「改革」「極端」「振り子」
藤岡和賀夫 ▲ 「時代後れ」「インコンビニ」「絶滅危倶」
橘木俊詔 ▲ 「勝ち組・負け組」「少子・高齢化」「男女共同参画」
秋山ちえ子 ▲ 「IT時代」「片仮名外国語」「インスタント食品」
茂木健一郎 ▲ 「偶有性」「スモール・ワールド・ネットワーク」「多重文脈性」
江上 剛 ▲ 「自力」「本業」「現場」
鈴木敏文 ▲ 「需要の飽和」「経済学から心理学へ」「ブレイク・スルー」
天外伺朗 ▲ 「パラダイム・シフト」「合理主義の破綻」「意識の成長・進化」
林 文子 ▲ 「団塊の世代交代」「女性の台頭」「男女協働」
山崎 元 ▲ 「給料階級」「ボーナス階級」「株式階級」
森永卓郎 ▲ 「構造改革」「自己責任」「自暴自棄」
佐藤俊樹 ▲ 「愚民どもー」「チルドレン」「ヒルズ族」
中村うさぎ ▲ 「自分探し」「分身」「NANA」
香山リカ ▲ 「カネ」「モテ」「バカ」
井筒和幸 ▲ 「靖国」「韓流」「パッチギ」
池内 恵 ▲ 「煮詰まり」「重石」「底抜け」
後藤謙次 ▲ 「改革」「ポピュリズム」「小泉劇場」
片山善博 ▲ 「似非リフォーム」「鈍感」「基軸欠如」
車谷長吉 ▲ 「無関心」「好奇心」「おしゃべり」

12月10日(土)
定価 710円(本体価格676円)
雑誌コード 07701-01
文藝春秋
 

「文藝春秋」2006年新年1月号