日曜論壇 目次
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第34回 花散らぬ、嵐
第32回 まもなくクランク・アップ
第31回 新作『阿修羅』のこと
第30回 さまざまな立場
第29回 生物多様性と多文化共生
第28回 団子と頭痛
第27回 さまざまな正月
第26回 金風
第25回 お寺のゴミの問題
第24回 私は裁きません!
第23回 なんのための改名か!
第22回 新しい郵便局にお願い
第21回 未然防止策?
第20回 奈落の月
第19回 ちょっと待って!
第18回 若冲展に思う
第17回 嗜好品という文化
第16回 約束
第15回 母から子への手紙
第14回 無鉄砲と、鉄砲
第13回 「小学校英語」必修化に反対!
第12回 木瓜と認知症
第11回 「満」と数え年
第10回 いくつもの春
第9回 ネコとヒトの教育
第8回 電話の電話、郵便の郵便
第7回 同期の不思議
第6回 御朱印コレクション
第5回 自燈明
第4回 帰りなん、いざ!
第3回 ウォーキング・サピエンス
第2回 形而上的おぼん
第1回 タケノコ狩りと自立
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つい先日まで、福島県立美術館で「田園の夢」と題する展覧会が開かれていた。その展覧会の副題についていたのが標記の言葉である。
これはご存じ陶淵明の「帰去来の辞」の一節。どうして、どこに帰るのかというと、「田園まさに蕪(あ)れなんとす」。つまり荒廃してしまった田園に、今こそ帰ろうというのである。
展覧会には、いわゆる農耕を営む田園の風景や、そこで作られた野菜などの面白い絵が数多く展示された。伊藤若冲の「野菜涅槃図」、ほかに葛飾北斎や円山応挙の作品もあり、とても面白い展覧会だった。
しかし展覧会そのものの質の良さにもかかわらず、客の入りは期待したほどでもなかったらしい。一生懸命だった学芸員の増渕さんと原さんに私は言った。「やっぱり、田園の真ん中で田園の展覧会しても、あまり来ないのは仕方ないですね」。
そうなのである。よくよく絵の作者を見ても、ほとんどは都会生まれや都会育ち。田舎で生まれたとしても一度都市に住んだあとで田園を描きはじめる。陶淵明の場合も、30代を挟んで十数年、都市での役人としての生活をしたからこそ「帰りなん」と思ったのである。
都市と自然は、我々の脳と体にも準えることが可能だろう。大脳皮質の左右半球は、4歳くらいまでは脳梁で繋がらず、その時期は左右の機能差もないまま、より古い辺縁系や脳幹部に従属して働くらしいが、この時期がいわば自然。そこから言葉を覚えだし、意味を考えながら論理を扱うようになると、すでに脳梁も太く繋がって大脳皮質は独立した仕事を行うようになる。この、大脳皮質に振り回されるのが人工的な都市の暮らしなのである。
養老孟司先生は、都市は意識で作られ、自然はからだにある、とおっしゃるが、それはまさにこのことだと思う。つまり人が都市に別れを告げることは、同時に論理や言葉の世界から、もっと古い脳機能へと重点を移すことだ。もっと古い脳機能といっても解りにくいと思うが、それは言葉や計算以前の、いわば素朴な感情や情緒、あるいは直観の世界だ。よく田園の絵には犬や鶏が描かれるが、そういった動物たちの世界と云ってもいいかもしれない。
都市型の、人生をコントロールしていこうとする生き方から、コントロールできない自然を楽しむ世界観への転換が「帰りなん、いざ」だろう。思えば田園というのは、自然そのものではない。ある程度人為が加わった、ちょうど自然と意識との接点に当たる。二宮尊徳は「この秋は雨か嵐か知らねども今日の勤めに田草取るなり」と謳ったが、これがまさに田園の暮らし。ときおり荒れ狂う自然には逆らえないが、できるだけ人事は尽くそうとするのである。
陶淵明はじっさいに鋤鍬を執り、酒を愛し、菊を愛して安らかに人生を終えた。今から千数百年もまえに、中国がそんなに都市化していたのかと訝る人もいるだろうが、今も申し上げたように都市化とは基本的に頭の使い方の問題なのである。人間の賢しらなコントロール欲求はすでに紀元前から老子に「有為」として批判されている。
老子は「無為自然」を説いたが、我々にはせいぜい「田園」がいいところ。半ばはコントロールしながら、半ばは起きたことを楽しむしかないのだろう。
「田園の夢」にさほど客が入らなかったことは、一瞬、まだ我々の周囲に田園が溢れているから、と錯覚するが、じつは日本の食糧自給率は僅かに4〇%。すっかり荒廃している田園に気づかないだけだとしたら、これはかなり怖い。
福島民報 2004年12月12日 日曜論壇