日曜論壇 目次
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第34回 花散らぬ、嵐
第32回 まもなくクランク・アップ
第31回 新作『阿修羅』のこと
第30回 さまざまな立場
第29回 生物多様性と多文化共生
第28回 団子と頭痛
第27回 さまざまな正月
第26回 金風
第25回 お寺のゴミの問題
第24回 私は裁きません!
第23回 なんのための改名か!
第22回 新しい郵便局にお願い
第21回 未然防止策?
第20回 奈落の月
第19回 ちょっと待って!
第18回 若冲展に思う
第17回 嗜好品という文化
第16回 約束
第15回 母から子への手紙
第14回 無鉄砲と、鉄砲
第13回 「小学校英語」必修化に反対!
第12回 木瓜と認知症
第11回 「満」と数え年
第10回 いくつもの春
第9回 ネコとヒトの教育
第8回 電話の電話、郵便の郵便
第7回 同期の不思議
第6回 御朱印コレクション
第5回 自燈明
第4回 帰りなん、いざ!
第3回 ウォーキング・サピエンス
第2回 形而上的おぼん
第1回 タケノコ狩りと自立
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同期の桜、とは昔から云うが、このところ、科学用語としてもこの「同期」が使われている。
たとえば心臓の孤独な動きも、約一万個のペースメイカー細胞で保たれている。外から電気仕掛けのペースメイカーを入れることもあるが、もともと心臓には自動的に電圧を変化させる細胞が具わっている。その動きのリズムが同期化するから、不整脈を生じないのである。僅かでも動きに誤差が生じると、たとえば「心房細動」などの病状になる。それが続いたり広がったりすると、生命の危機にもなるのだ。
ホタルの発光に関しても、じつは同じことが起こるらしい。たとえば十数匹のホタルを捕まえてきて部屋に放すと、最初はまちまちの周期で光っているが次第にリズムを合わせてくる。いったいそれによって何の得があるのかは判らないが、彼らはやがてピタリと同じペースで光るようになるのである。
ホタル学者の奇人、神田左京は、西日本と東日本のゲンジボタルの発光間隔が倍ほども違うことを発見した。西では2秒おき、東では4秒おきだというのだが、この理由は謎だった。西ではホタルまで「いらち」なのかとも思ったが、この春、板橋区職員の阿部宣男さんがその理由を解明し、茨城大から博士号を受けたという。それはホタルの違いではなく、単に気温の差であるらしい。つまり西のホタルも東へ運んでしばらくすれば、東の仲間に同期するということだろう。
こうした同期の現象は、今やいろんな分野で研究されている。
たとえば月は、地球を公転する周期と自ら自転する周期がまったく同じであるため、地球側には常に一面しか見せない珍しい衛星だが、これも偶然ではなく、自ら公転の影響で起こす地球の潮汐作用によって、今度は自転周期をそれに同期しているのだと、宇宙物理学者は云う。また卑近な医学分野では、四六時中行動を共にする女性どうしや仕事の同僚などでは、月経周期が同期してしまうこともあるらしい。
これらの現象は、起きるのが同時であるため、因果律で検討を加えることができない。科学とはこれまで因果律一辺倒だったから、長いこと偶然と片付けられてきたのである。
しかしこうした現象を、初めて学問として考えようとしたのが精神分析学者のカール・ユングだった。彼は一九三○年、『易経』のドイツ語訳を成し遂げたリヒャルト・ヴィルヘルムの葬儀の弔辞で初めて「シンクロニシティー(共時性)」という言葉を使った。しかし慎重にも、論文を発表したのはそれから二十二年後、ユング七十五歳のとき。そしてその論文は、さんざんに批判されたのだった。
思えばお釈迦さまは、すでにこの現象に言及している。「縁起の法」と一般には呼ばれるが、「これ生ずるに依りて、かれ生ず」という因果(仏教では異時という)のほかに「これ有るとき、かれ有り」とする「同時」という世界認識をすでに提出しているのである。
これはユングの共時性でもあり、今ようやく科学が扱いはじめた「同期」とも同じことだ。
因果律でできた科学は、この世をコントロールする方向に進んだ。「これ」有るに依りて「かれ」生ずるのだから、かれを生じさせないためにはこれを滅すればいい、という具合だ。
同期が問題にされることで、この発想に歯止めがかかれば嬉しい。なにも難しいことではない。同期とは、日常我々の云う「ご縁」ができること、コントロールではなく、その不思議を味わう人生を、お釈迦さまも勧めているのである。
福島民報 2005年6月26日 日曜論壇