日曜論壇 目次
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第55回 「見識」から「厳罰」へ
第54回 オリンピックと原発
第53回 徳島にて
第52回 「マイナンバー」要らない!!
第51回 春が来た!
第50回 高橋亨平先生の思い
第49回 仮設のSさん
第48回 全国の線量調査結果
第47回 教育委員会という「飾り」
第46回 こどもの日の祈り
第45回 悲しみの底
第44回 ダルマの一文字
第43回 原発とTPP
第42回 「裸の王様」と、次の王様
第41回 人牛同病
第40回 急げど慌てず
第39回 大人と子供
第38回 計画病
第37回 「情報」という名の幽霊
第36回 死ねる病院はどこ?
第35回 墓地共用のすすめ
第34回 花散らぬ、嵐
第33回 七転び八起き
第32回 まもなくクランク・アップ
第31回 新作『阿修羅』のこと
第30回 さまざまな立場
第29回 生物多様性と多文化共生
第28回 団子と頭痛
第27回 さまざまな正月
第26回 金風
第25回 お寺のゴミ問題
第24回 私は裁きません!
第23回 なんのための改名か!
第22回 新しい郵便局にお願い
第21回 未然防止策?
第20回 奈落の月
第19回 ちょっと待って!
第18回 若冲展に思う
第17回 嗜好品という文化
第16回 約束
第15回 母から子への手紙
第14回 無鉄砲と、鉄砲
第13回 「小学校英語」必修化に反対!
第12回 木瓜と認知症
第11回 「満」と数え年
第10回 いくつもの春
第9回 ネコとヒトの教育
第8回 電話の電話、郵便の郵便
第7回 同期の不思議
第6回 御朱印コレクション
第5回 自燈明
第4回 帰りなん、いざ!
第3回 ウォーキング・サピエンス
第2回 形而上的おぼん
第1回 タケノコ狩りと自立
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特定秘密保護法が成立してしまった。衆参両院とも強引な形で採決された。先月二十五日に福島市で開かれた公聴会と称する集会では、発言者全員が反対表明や慎重な審議を求めたにもかかわらず、である。通常、こういう拙速なやり方をされると、いったいどういう魂胆なのかと、それだけで真意を疑ってしまう。法案が国にとって、どうしても必要であり、きちんと話せば分かってもらえると思うなら、腰を据えて議論をすべきではないか。
今月三日には、参議院でこの法案を審議する特別委員会が開かれ、そこで与党側からの参考人として全国地方銀行協会元会長の瀬谷俊雄氏(元東邦銀行頭取)が次のような意見を述べた。
「国際問題や通商問題に携わる人は高いレベルの機密を保つ必要がある。しかし、民間人が処罰の対象になるのは疑問だ。銀行員は取引上、知り得た情報を退職後も守るべきだが、法律ではなく企業倫理で律している。あえて懲役刑を設ける必要はない。法案に該当する国益の範囲を極力絞って、集中的に適用されたらいいのではないか」(四日付「福島民報」)
実に尤もな、大人のご意見だと思う。思えば銀行員ばかりでなく、教員も医師も宗教者も職業上知ることになる秘密を抱えている。しかも大抵それは文書によって「特定」されたりしないから、どれが秘密か、なぜ話してはいけないのかは、経験のなかで学んでいくしかない。いや、それこそが職業人としての成長というものだろう。つまり、秘密を特定するのは、殆んどの社会人にとってはその職業に従事することで身につく「見識」なのである。
昔、中国では始皇帝の秦が細かい規則を無数に作り、厳罰主義に陥って十五年で滅んだ。続く漢の高祖劉邦は「法は三章のみ」と宣言し、むしろ徳による統治を目指した。漢が四百年続いたのは、その「徳治」のおかげと思えるが、日本も、基本的にはその路線で進んできたはずである。しかし、今回の法律の懲役十年という罰則の厳しさは、むしろ疑い深かった始皇帝の厳罰主義を彷彿させる。
今後は「行政機関の長」が特定秘密を指定し、「適正評価により、特定秘密を漏らすおそれがないと認められた職員等」だけがそれを取り扱うらしいが、実際には官僚の情報占有が懸念される。
瀬谷氏が心配するように、話は公務員だけには収まらない。特定秘密の範囲は防衛、外交、特定有害活動(スパイ行為)、テロ活動防止に関することだというが、石破茂氏のようなテロ解釈だと、どこまで広げられるか分からない。
本当の狙いが分からないほど拡大解釈が可能なだけでも悪法である。原発事故以後、「秘密」がどれほど不安を増幅させたか、首相はもうお忘れなのだろうか。「徳治」や「見識」を諦めた国の行く末は、考えるだに末恐ろしい
。
福島民報 2013年 12月7日 日曜論壇