『平行植物』 レオ・レオーニ著
 レオ・レオーニといえば、日本語版では『あおくんときいろちゃん』や『いろいろ1ねん』などで知られる絵本作家である。また画家、彫刻家、そしてグラフィック・デザイナーでもある。
 しかし私にとっては、最初に出逢ったのがこの『平行植物』であったせいで、彼はなにより現実というものの幻想性・虚構性を教えてくれた思想家であった。
 この本では、まるで老植物学者がこれまでの長年の研究成果を丹念に
披瀝(ひれき)するかのように、「植物学の歴史」から説き起こされる。ところがこれは、じつに学術的な体裁で描かれるフィクションなのである。
 読み進めていくうちに、そうか、植物学はもちろん、医学も哲学も、いや、あらゆる学問とはフィクションだったのだ、と気づく。いやいや、それどころか、我々が「現実」と呼んでいるものだって、ある一定の認識の枠組に
(のっと)って捕捉されている以上、一種の虚構ではないか。
 狂おしいまでに丁寧に詳細に述べられるフィクションは、ただ有ることに安住する現実よりも、遥かに強力なリアリティを発している。私はこの本を読むたびに、人間にとって虚構性というものがいかに根深く侵食し、不可欠になっているかを思い知る。
 グンバイジュやマネモネ、メデタシやタダノトッキなどは、すでに私のなかに植物学上の歴史まで含めて息づいている。こんなふうに私の描く小説のなかの人々も、リアルに息づいてくれないかといつも夢みてしまうのである。
 ある意味でこの本は、人間の認識方法についてのデザイン・ブックなのかもしれない。現実は、その認識方法を超えて決して現れない。だから諦めるというのではなく、だからこそこの本から勇気をいただくのである。


げんゆう・そうきゅう
1956年福島県生まれ。慶応義塾大学中国文学科卒業後、さまざまな職業を経て、’83年より京都・天龍寺専門道場に入門。現在は臨済宗妙心寺派 福聚寺住職。’01年『中陰の花』で芥川賞受賞。著書に『龍の棲む家』『<問い>の問答』『脳と魂』など
写真/田中均明


「毎日が発見」 2008年5月号