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桃の花の季節である。いや、正確にはそれは西日本だけで、東のほうではまだ梅の季節だろうか。暖かい地域では梅・桃・桜の順に咲き、私の住む福島県あたりでは桃が必ず桜よりも後に咲く。
梅・桃・桜はそれぞれ独特のイメージを喚起するが、今日はそぞろにそんなことを考えてみたい。
梅は寒いほど香りが強くなると云われ、剪定が欠かせないこともあって、儒教的な印象が強い。鍛えるほどに美しくなる、ということだろう。もともと「美」という文字は、生け贄として「羊」が「大」きいことだから、精進努力や悪環境さえ讃えられる。梅は、そうして鍛えられたごつごつの幹に、清廉な香りで花咲くのである。
芭蕉の弟子、其角は「梅が香や乞食の家も覗かるる」と詠ったが、梅はそんな庶民性も感じさせつつ、しかも君子の風情も漂わす。
また北条早雲は兵士たちの懐中に梅干しを持たせ、いざという時に戦意を鼓舞するため用いたとされるが、梅干しばかりでなく、梅の木ぜんたいからそのような鼓舞する空気が伝わってくる。一言でいえば自らを「律する」生き方だろうか。
次なる桜は、三つの花木のうちでは唯一の国産。平安時代、紫宸殿の前庭にあった梅と橘が、国風意識の高まりから桜と橘に植え換えられたというが、桜には当時一世を風靡した浄土教のイメージがどうしても付きまとう。この世ならざる世界、とでも云えばいいか。開ききった花弁の透き通る美は、「美」というよりむしろ「麗」と呼ぶのが似つかわしい。「咲く」「麗ら」が縮まって「さくら」になったという語源説もあるが、それは梅と違って意思や努力を超えた世界を感じさせる。
一気に咲いて一気に散る。そこも日本人には人気の秘訣なのだろう。「無常」であるがゆえの束の間の「祝祭」、そんなイメージが桜にはある。
梅が儒教、桜が浄土教であるなら、桃は間違いなく禅のイメージだ。しかもそれは中国の江南地方から伝わった本来の「頓悟禅」である。
禅は五祖法演禅師のあと、六祖慧能の南宗禅と神秀に伝わった北宗禅に分かれるのだが、頓悟を強調した南宗禅だけが日本に伝わった。実際そのとき、禅は江南地方から枇杷やお茶のほか、蟠桃という桃の木も将来しているのである。
慧能と神秀の偈の違いにも明らかなように、頓悟禅は本来無一物で汚れようのなかった心に気づくこと(頓悟)を重視し、一方、神秀の伝えた北宗禅は頓悟禅とも呼ばれ、心の初期状態はともかくも、それは汚れやすいものだから、日々に払拭することが大事だとする。
戒律禅とも呼ばれる後者はどちらかと云えば梅に近い。やはり中国北方で育まれた思想には儒教的な雰囲気が混入するのだろうか。
江南の南宗禅、頓悟禅こそ桃のイメージだと申し上げたが、もう少し詳しく考察してみよう。
中国の故事成語に「牛を桃林の野に放つ」という言葉があるのだが、これは周の武王が殷との戦争の終わりを告げるため、それまで輸送用に拘束していた牛を桃の林に放った故事に拠っている。いわば武装解除後の、平和で文化的な世の中を象徴する言葉である。
また中国古代の詩を集めた『詩経』には、有名な桃の歌がある。
「桃の夭夭たる、灼灼たりそに華、之の子于き嫁がば、其の室家に宜しからん」
明るく天真爛漫な女の子が見えるようだが、そんな娘が嫁いだ家は、きっとうまくいくだろうと云うのである。後半まで読むと、彼女が案外毛深く、野性味溢れた少女にも思えるのだが、要するにここでは、少女の無邪気さ、無垢さが、桃の花に喩えて讃えられるのである。
日本でも、八世紀の詩人であり、政治家でもあった大伴家持は桃の花に同化した少女を次のような歌に詠んでいる。
春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つをとめ
ここでは紅に咲く花弁を透かし、眩ゆいばかりの陽光が少女を照らしている。彼女はけっして梅のように鍛錬されて分別を身につけた人でもなく、また桜の如き恍惚も体験してはいない。ただただ無邪気で元気で疑うことを知らない純情な少女である。
そんなこと、どこにも書いていないとおっしゃるかもしれない。しかし桃にはすでにしっかりそんなイメージが染みついている。道元禅師もこんな歌を詠まれている。
春風に綻びにけり桃の花枝葉に残る疑いもなし
頓悟と無邪気の関係、おわかりだろうか。
ところでこの疑いを知らない無邪気さは、やがて邪気を退散させる絶大な力と認識されていく。
悪疫邪気を退散させる追儺(鬼やらい)では桃の枝を引きずって町中を練り歩き、また災厄を防ぐためのお札にも桃の木が使われた。私が修行時代にお世話になった天龍寺の屋根には、鬼瓦ではなく、桃の実の形の瓦が屋根に据えてある。邪気に邪気で対抗するのではなく、無邪気こそが最も有効なのだという思想の表れである。
「嗔拳も笑面を打せず」
禅語にも、その考え方は明確に示されている。ここで笑面というのは、疑いもなくすっかり信じきっている無邪気な笑顔だ。そんな笑顔は、怒って張り上げた拳でも、結局打つことができない最強のものだというのである。
こうした桃のイメージから、鬼退治には「桃太郎」という物語も作られる。桃太郎はなぜか刀を持って鬼ヶ島に向かい、力ずくで鬼をやっつけるが、本当は鬼のほうで戦意を喪失する仕組みなのだ。
無邪気で天真爛漫な桃のイメージは、「頓悟禅」のイメージだと申し上げた。もっと云えばそれは唐代の禅が発する自由闊達な風情に重なるだろう。しかし世間に人々が思う禅の印象は、もう一つ、明らかにこれと矛盾する側面を伴う。即ち、謹厳実直で禁欲的な、言い換えれば梅的なイメージである。
日本の禅には、この両者が混在している。いや、梅も桜も混じっていると云っていいだろう。三つの花が入れ替わりに咲くのが日本の春だが、この三種の在りようは我々の人生をも三様に彩っているのだと思う。
幼い頃の、すべてが「遊」に通じていた桃的な時間が終わると、やがて誰もが梅のように剪定され、全体に適合する形に整えられていく。武士道などもおそらく梅の美学を根幹にしている。また桜の「あはれ」を感じる素質は多分に個別な経験に左右されるのかもしれないが、それは我々の人生に伏流する「もう一つの時間」だろうか。
梅的な社会性を身につけ、身を律して生きることは大切だが、そこに笑いがない。桃のように無邪気なまでの信頼を周囲に放射し、春風のなかに笑いが伝わるような広がりと、桜のように異界へと深まる感性と、その両者があってこそ人生は充実するというものだろう。
難しいことを述べてしまったが、要は花ではなく我々の人生の話である。怠りなく鍛錬し、無邪気に人を信じて上機嫌に働き、無常と「あはれ」を忘れずに生きるなら、貴方こそ見事に咲いた梅桃桜ではないか。
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