其の参拾九  
     
   先月屋根が完成した本堂改修工事だが、いろいろ想定外の仕事が発生したことも報告しておきたい。
 まず設計や監理に関係ない仕事として、ハクビシンの糞掃除があった。もう何年になるものか、本堂の屋根裏にはハクビシン一家が棲んでおり、夜の坐禅会などでよく跫音を響かせていたものだが、彼らの何年分かの糞が堆積していたのである。
 雑食と云われる彼らの糞には多くの銀杏の殻が混じっていた。墓地に立つ大きな銀杏の木の実に違いない。もしかすると餌の少ない冬場にも、備蓄して食べていたのかと思うほど、その混入率は高い。ともあれその大量の糞を、大工さんたちは何日もかかって片付けてくれたのである。
 その後の工事は順調に進んでいるかに見えた。しかしあるときまた想定外の事態が発覚した。じつは熊蜂が茅負い(垂木と屋根の間の横木)に開けた穴が、あまりにも多いことに女房が気づいてしまったのである。一難去ってまた一難、またまた計画外の仕事発生である。
 俗にクマ(ン)バチと呼ぶ「キムネクマバチ(黄胸熊蜂)」はほとんど人間には興味を示さない。オスには刺す針もないし、メスも攻撃されなければ刺さない。万一刺されても大事には至らないという。
 盛んに藤の花などの蜜を吸う姿は見かけたものの、これまではたいして迷惑とも思わず、私もどちらかといえば温かい眼差しを注いできた。それなのに…。裏切られた、という気分が一気にこみ上げた。きっと英語国民なら「オ~マイガッ!」と口走ることだろう。
 たまたまその頃、蜂博士と呼ばれるご夫婦の来訪を得た。彼らによれば、熊蜂は木造家屋の垂木などに好んで穴を開け、そこに蜜と花粉の団子を幼虫一匹ずつ丸めて産卵し、細長い巣穴に幾つもの小部屋を作るため、それこそ英語では「carpenter bee(大工蜂)」と呼ばれるらしい。
 さぁ、知ってしまってからは、知らないフリなどできないという高橋棟梁である。大工蜂と大工さんの戦いがついに始まった。埋木の技術の粋を尽くし、大工さんたちは余計な穴埋め仕事に邁進した。折しも境内には、私が二十年以上前に山から移植した藤が満開である。藤は受粉を熊蜂に頼る花らしく、たしかに熊蜂をたくさん集めている。牡丹も好まれるようだ。方や営巣のため一心に蜜を集め、片やその穴を次々無心に埋めていく。長閑な上天気のなか、一心対無心の壮絶な戦いが一週間ほども繰り広げられたのである。
 これまでこんなに完璧に穴埋めしたとはないという高橋さん、奥山さん、伊藤さんには本当に頭が下がる。しかしそんな人間たちの思惑には関係なく、熊蜂たちは藤からニセアカシアに標的を変え、約一年の寿命を全うすべく、今日も元気に翅音を響かすのである。


 
東京新聞 2015年6月6日/中日新聞 2015年6月20日【生活面】 
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