八月二十六日午後、私は郡山市にあるNHK文化センターで『方丈記』の話をしていた。世の中進んだもので、その講座はNHKのカメラを通し、ユーストリーム(Ustream)で全国に配信された。NHK文化センター本社からはツイッター担当という女性が来ており、逐一報告するのである。
さて、その彼女が講座の途中、ふいに立ち上がって一の紙を私のところに届けてくれた。
そこには「菅総理、正式に辞任を表明」という見出しの記事がプリントされていた。
私は思わず『方丈記』の冒頭を口ずさんだ。「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし」
「よどみ」ならぬ震災後の混乱のなかに、まるで泡のように浮かんでいた総理。不安が幾つもの会議を作らせ、しかもその会議の議論を待つこともなく、ひとり思いつきを口にしては周囲を混乱させた「おひとりさま」総理。
実際、首相官邸の総理は、じつに大勢の内閣府職員によって支えられていた。しかも今回の震災後、総理は内閣官房などの職員、つまり側に置く官僚を大幅に増員している。
首相の思いつきはこの官僚たちによって、粛々と進められていく。政治主導、官僚排除を謳いながら、この政権は官僚たちによって実質動かされていたと言っても過言ではないように思う。
復興構想会議で出した「復興への提言」のキーワードは「つながり」「つながる」であった。
しかし内閣全体は極めて「つながり」に欠け、責任の所在も判らない。これまで原発の責任者であった経済産業相のほかに復興担当相、原発事故担当相ができた。「いったい自分の職分は、どこまでなのか?」情けなくなって海江田万里氏が泣いてしまうのも理解できよう。
しかも、それだけ新しいポストを新設しながら、これまでの縦割りの官僚世界は変わらない。だいたい学校の校庭などの除染は文部科学省、田畑は農林水産省、それなら道路の除染は国土交通省ということか。
すべての放射能除染の責任者はいったい誰なのか。
菅直人総理は二十六日夜、正式に辞任を告げたあと、復興策や原発収束について「確実に前進した」「達成感を感じている」「やるべきことはやった」と胸を張った。これでは「裸の王様」ではないか。
この文章が出るころには野田佳彦新首相が誕生しているはずだが、今度はちゃんと服や靴を身につけて出直してほしい。つまり、きちんと会議を活かし、官僚や組織を上手に使いこなしてほしいということだ。
未曽有の震災への対処が分からないなら、素直に被災地に学べばいい。災害を経て仮設の「方丈」に住む人の気持ちは、官邸では分からないはずである。
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