其の参拾参  
     
   十一月の初旬、石垣島の桃林寺さんというお寺の開創四百年祭にお招きいただき、初めて石垣島にお邪魔してきた。昨年島の空港が新しくなり、羽田から直行便も増えて便利だが、新鮮な異文化体験だったのでご報告したい。
 ちなみに尖閣諸島は石垣市に所属する。中国漁船が宝石珊瑚を狙って群がるのは主に小笠原諸島だが、石垣島も珊瑚礁が隆起してできたと言われる。どこを掘っても珊瑚の死骸が出てくるため、石状の珊瑚を積んだ石垣があちこちにあり、「石垣島」と呼んだという説もあるらしい。
 到着日の夜に私の講演会を予定してくださり、市民会館に千人ほどの皆さんが集まってくださった。これは人口約五万人の島とすればもの凄い数である。じつは竹富島や多良間島などから船で来てくださった方もあったようで、感謝に堪えない。ひとえに桃林関係者の熱心な準備の賜物とは思うが、講演の出来がそれに応えられた自信はない。
「牛と桃林の野に放つ」という『詩経』の一節をタイトルに、平和と桃の不思議な関係を辿ろうとしたのだが、桃から頓悟、頓悟から直観へと話は進み、しかも直観を重視した生き方について、中途半端な深まりで話を終えてしまったのである。 
 誠に情けないことではあったが、翌日の四百年祭はじつに素晴らしい催しだった。我々僧侶にとっては、大般若祈祷会や歴代住職墓地、「法燈連綿」と揮毫された記念碑の除幕式など、いわゆる儀式が思いの中心にあったのだが、どうやら檀家さん信者さんたちにとっては午後二時からの祝賀会が「本番」だったらしい。
 境内にテントが張られ、二五、六度の日差しが遮られるなか、各テーブルにはお祝いの弁当や酒が振る舞われ、挨拶や感謝状贈呈、芸能などが続々と披露された。琉球舞踊、創作太鼓なども楽しませていただいたが、なにより感銘を受けたのは人々の腰の据えようである。特に感謝状贈呈など、形式的になりがちなものだが、誰もが深い思いでその授受の様子を見つめ、心から拍手する。武器の運搬に使った牛たちを桃林に放ち、周の武王は非戦の誓いをした。それが「桃林」寺に込められた思いだが、そこはまさに平和であればこその温かい眼差しと心の交歓があった。
 圧巻は祝賀会最後の出し物「アンガマ」。これは八重山地方独特のお盆の行事で、お面を被った翁(ウシュマイ)と媼(シミ)があの世から花子(ファーマー)と呼ばれる子孫をたくさん連れて舞台(この世)に現れる。演奏や舞踊も素晴らしいが、舞台下の青年会のメンバーと翁・媼との珍問答が痛快である。すべてが方言のため、私などには分からない部分も多いのだが、どうやらあの世のしきたりや親孝行の大切さなどが全て裏声で語られる。笑いの充満する境内で泡盛を頂きながら、私は後生へと続くこの世の平和を満喫した。時はあたかも安倍総理と習近平主席の首脳会談前日のことであった。


 
東京新聞 2014年12月6日/中日新聞 2014年12月20日【生活面】 
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